東京地方裁判所 平成5年(ワ)13380号・平5年(ワ)7808号 判決
原告 亡A遺言執行者 X
被告 株式会社さくら銀行
右代表者代表取締役 B
右訴訟代理人弁護士 齋藤輝夫
同 長浜隆
同 飯田藤雄
参加人 亡C承継人 Z1
参加人 亡C承継人 Z2
参加人 亡C承継人 Z3
右三名訴訟代理人弁護士 長谷川健
同 藤勝辰博
参加人 亡C承継人 Z4
右訴訟代理人弁護士 井出雄介
主文
一、原告の本件訴えを却下する。
二、参加人らの原告に対する本件訴えを却下する。
三、被告は、参加人Z1に対し金一八〇五万九〇三六円、参加人Z2に対し金六〇一万九六七八円、参加人Z3に対し金六〇一万九六七八円、参加人Z4に対し金六〇一万九六七八円をそれぞれ支払え。
四、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
五、この判決は、三項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一、請求
一、原告
被告は原告に対し、金七二二三万六一四六円を支払え。
二、参加人ら
1. 原告の請求にかかる金七二二三万六一四六円の債権中、金一八〇五万九〇三六円が参加人Z1に、金六〇一万九六七八円が参加人Z2に、金六〇一万九六七八円が参加人Z3に、金六〇一万九六七八円が参加人Z4に、それぞれ属することを確認する。
2. 主文三項同旨
第二事案の概要
一、前提となる事実
1. A(以下「A」という)は、昭和五八年三月一七日付で、次のとおりの遺言をした(以下「本件遺言」という)。
(一) 別紙財産目録記載の財産のすべてを長女D(以下「D」という)一人に相続させる。
(二) Dに祭祀の一切をお願いする。
(三) 今までの宗教宗派には固執しない。
(四) 遺言状の執行人としてX弁護士にお願いしたい。
2. Dは、A死亡前の昭和六三年三月二〇日死亡した。
(以上は争いがない)
3. Aは平成四年八月九日頃死亡したが(争いがない)、同人のその時点の法定相続人は、長女Dの代襲相続人であるE、F及びGと、長男C(以下「C」という)であった(乙第二ないし第一〇号証)。
4. Aは死亡時、被告に対し普通預金及び定期預金を有していたが、平成六年四月一八日時点における預金額は別紙預金目録記載のとおりである(争いがない)。
5. Cは、平成五年三月一二日到達の内容証明郵便で、E、F及びGに対し、遺留分減殺の請求をした(丙第一ないし第三号証の各一、二)。
6. Cは平成五年八月一九日死亡し、同人の権利義務は、相続により妻である参加人Z1、子である参加人Z2、同Z3及び同Z4が承継した(乙第三ないし第一〇号証、弁論の全趣旨)。
二、原告の主張
1. Aが死亡直前に本件遺言(甲第一号証の二)を書き換える目的で書いたものと推定される別の遺言状(甲第二号証)は、Aが書換え完了とともに急死したため、特に末尾の目録の書体が乱れ、かつ、捺印を欠くものとなっている。なお、死亡発見時の状況では、同人は机に向かって倒れており、辺りに甲第二号証の書面が散在していたものである。したがって、甲第二号証は、法定の形式を満たさず正式の遺言と扱うことができない。
ところで、遺言事項の解釈にあたって、一般に遺言者の意思を表した他の客観的資料を遺言者の意思確定の資料とすることは妥当であり、合理的である。この理は、遺言の効力発生前に指定された法定相続人が死亡している場合でも同様である。その場合にも、遺言者の意思確定の問題として、資料は、第一に遺言そのものが重要性を持つが、第二に他の客観的資料がある場合にはこれをも斟酌すべきである。
本件では、遺言者が遺言状作成中(捺印前)に死亡したとみられる事案であり、その作成中の遺言状(甲第二号証)には代襲相続人への相続の指定が明記されている。したがって、甲第二号証の遺言状は遺言ではないが、Aの死亡直前における意思確認に役立つ客観的資料として重視すべきものである。
2. 有効な遺言が存在し、その中で遺言者が遺言執行者を指定し、指定された執行者が遺言の執行を受託した場合には、遺言執行者の地位と権限は、相続人の代理人とみなし、かつ、相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有する。
一般に、遺言には、遺産分割の方法の指定又は遺贈に関する事項のほか、多種多様な事項が指定されていることが多い。本件の祭祀に関する事項もその一つである。したがって、仮に、本件の如く、遺言事項の一つに法律解釈上争いがあっても、他の記載事項を含む遺言そのものが全部無効となることはない。まして、遺言執行者の指定によるその地位と権限自体が効力を失うことはあり得ない。
本件では、遺言の効力発生前に相続を指定された法定相続人が死亡しているが、それによって、代襲相続が生じるか、遺贈に準じて考慮すべきかは、遺言中の一事項である相続人の指定事項のみの解釈の問題であって、遺言執行者の地位と権限には影響がない。
三、被告の主張
1. 本件遺言により財産を相続させるとして指定された特定相続人であるDが、Aの死亡に先立ち死亡した場合には、Dの代わりに代襲相続人が右財産を取得するのか、それとも、Dを民法九九四条一項の受遺者と同視し、財産をDに相続させるとの遺言は効力を失い、法定相続によることになるのかについては、不動産登記の取扱いに関する法務省昭和六二年六月三〇日付民三第三四一一号民事局第三課長回答では、「遺言書中に、当該特定相続人が先に死亡した場合はその者に代わってその代襲相続人に相続させる旨の文言のない限り、後者の取扱いによるのが相当」としている。
この見解に従えば、本件では、Aの法定相続人としてはDの代襲相続人に他にAの子であるCが存在していたので、同人も法定相続人として右財産に対して相続を主張することが可能となる。
2. 遺言の執行は、執行を必要とする遺言事項の存在を前提とするから、これらの事項が遺言の内容となっていない場合、及び執行を要しない事項のみが遺言されている場合には、遺言執行者の指定は無効(=無意味)となる。
また、遺贈に関しては、受遺者が死亡している場合に遺贈そのものが無効となり、執行はその対象を失うから、遺贈履行のための遺言執行者の指定は無効となる。
祭祀の承継者の指定(本件遺言の(二))については、それ自体で完結し、遺言執行の必要のない事項と思料するが、仮にこれについて遺言執行の余地があるとしても、本件遺言の(一)は、前記法務省民事局第三課長回答の考え方に立てば無効となるので、これについての遺言執行はあり得ず、執行はその対象を失うことになって、結局、遺言執行者の指定は無効となると解される。したがって、遺言執行者としての原告への払戻しはできないこととなる。
四、争点
1. 遺言書に財産を相続させるとして指定された特定相続人が先に死亡した場合の遺言の効力。
2. 右の場合の遺言執行者の指定の効力。
3. Cの遺留分減殺請求は認められるか。
第三、争点に対する判断
一、争点1について
特定の遺産を特定の相続人に「相続させる」趣旨の遺言は、遺言書の記載から、その趣旨が遺贈であることが明らかであるか又は遺贈と解すべき特段の事情のない限り、当該遺産を当該相続人をして単独で相続させる遺産分割の方法が指定されたものと解すべきである。
本件遺言の(一)は、Aの推定相続人であるDに特定の遺産を相続させるというものであり、本件遺言の遺言状(甲第一号証の二)の記載から右特段の事情は認められないから、本件遺言の(一)は遺産分割方法の指定であるというべきである。
ところで、本件では、DがA死亡前の昭和六三年三月二〇日に死亡したことにより、DがAを相続することはあり得なくなったのであるから、Dに対する遺産分割方法を指定した本件遺言の(一)は当然に失効したものといわなければならない。
この点について、原告は、甲第二号証の遺言状は捺印を欠き、法定の形式を満たしていないため、遺言ではないことを認めつつ、Aの死亡直前における意思確認に役立つ客観的資料としてこれをも斟酌すべきである旨主張する。
そして、甲第二号証の作成日は平成四年八月一〇日となっており、同号証には、現金、普通預金、定期預金、有価証券その他の動産の財産のすべてを「長女故Dの遺子、長男E、次男F、長女Gの三名に代襲相続させる」旨の記載がある。
しかしながら、仮に甲第二号証の遺言状がAの自筆によるものであるとしても、右遺言状は、原告が自認するように全く押印がされていないため、法定の方式を欠き、自筆証書遺言としての効力を生じるものではなく、これによって本件遺言を取り消したとはいえない。
そうすると、Aの遺言としては本件遺言のみが効力を有しているといわざるを得ないが、本件遺言の遺言状が作成された昭和五八年三月一八日当時、Dは存命中であり(乙第二号証によれば、Dは当時四七歳)、本件遺言の遺言状(甲第一号証の二)には、Dの家族関係に関する記載やそれに対して配慮を示したような記載なども全くなく、したがって、本件遺言の(一)の文言から離れて、DがAより先に死亡した場合には、その代襲相続人に相続させるとの意思であったと解することは困難である。
二、争点2について
本件遺言の(四)は遺言執行者を指定したものといえるが、遺言の執行は、執行を必要とする遺言事項の存在を前提とするものであるから、遺産分割方法を指定した本件遺言の(一)が失効した以上、これによって執行はその対象を失うことになる。
また、本件遺言の(二)による祭祀承継者の指定は、それがあれば、遺言の効力発生により、指定を受けた者が当然に祭祀を承継するものであって、これについて執行が必要とは考えられず、また、前述したとおり、DがAより先に死亡したことにより、DがAを相続することはあり得なくなったのであるから、Dを祭祀承継者に指定した本件遺言の(二)もまた当然に失効したものといわなければならない。
そうすると、DがAより先に死亡したことにより、本件遺言の(四)の遺言執行者の指定も無効となるというべきである。
第四、結論
以上によれば、本件遺言の(一)は失効しているので、Aの遺産はその法定相続人が共同相続することになり、別紙預金目録記載の預金についても、その法定相続分に従って、Aの法定相続人が共同相続することになる。
また、Cの死亡により、参加人らは右預金を更にその法定相続分に従って相続したものであり、参加人らは、被告に対し、右預金について相続分の支払を請求できる。
しかしながら、原告は、本件遺言の遺言執行者でないため、被告に対して右預金の支払を請求しうる原告適格を欠いており、原告の被告に対する訴えは不適法となり、同様に、参加人らの原告に対する右預金の相続分の確認を求める訴えも、被告適格を欠くものとして不適法となる。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 森髙重久)
<以下省略>